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2007年3月

2007/03/30

今日オープンの

今日オープンの
東京ミッドタウンです。
通勤経路近くなので、ちょっと寄ってみました。
我ながらミーハーです。
大混雑かと思ったら、それほどでもなかったです。

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情熱大陸「林章敏」

録画してあった「情熱大陸」を漸く見た。
林氏は聖路加病院の、緩和ケア科のドクターだ。
緩和ケアとは、「治癒を目的とした治療に反応しなくなった
患者に対する積極的で全人的なケアであり、痛み、その他
の症状のコントロール、心理面、社会面、精神面のケアを
最優先課題とする。(WHOによる定義)」もので、対象は
多くが末期がんの患者であるようだ。

林先生の診療は、まず患者の話を聞くところから始まる。
平均で30分程度、長いときには1時間に及ぶという。
そのため回診でも、携帯用の椅子を病室に持ち込んで
座って患者と接する。
それにより、患者が医者に対して近く感じるという効果も
あるらしい。
彼の願いは(ある意味逆説的であるが)「患者に、病気と
向き合いながら生きていく気力を与えること」
彼は患者に必ずこう尋ねるという。
「何か気がかりなことはありませんか?」
病気のことのみならず、家族のこと、やり残したこと何でも
言って下さい、という意味だ。

「治すだけが医者の存在価値ではない。死をなるべく安ら
かに悔いなく迎えさせることも医師の大切な仕事だ」という
ようなことを林先生は言っていた。
とはいえ、彼は変に肩に力が入っているわけではない。
語り口は非常に穏やかで、表情も柔和である。
関わった患者の多くが治ることなく亡くなっていくというの
はある種大きなストレスではないかと思うのだが、彼は
誠実に患者と向き合っている。
気力をなくしていた患者も彼の言葉と、適切な痛み止めの
処方で人間らしい表情を取り戻していく。

ある40代の末期がん女性患者は、気がかりなこととして
「娘の卒業式に出られないこと」と答えた。
林先生は、痛み止めを処方し、彼女を娘さんの卒業式に行
けるようにしてあげた。
患者は本当に嬉しそうに卒業式に向かい、その2週間後、
安らかに亡くなったそうである。

私の祖母も半年前に病院で亡くなった。
本人のみならず付き添っている家族も、ドクターや看護士
さんの温かい言葉で随分救われたものだった(逆に落ち込
まされるような看護士さんもいたが)。

とても良い番組だったと思う。
出来ればもう少しじっくりと描いて欲しかったという気もする
が、30分番組故やむを得ないだろう。

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2007/03/29

さくらさくら

さくらさくら
八分咲き、いやほぼ満開ですね。
オフィス近くの愛宕神社にて。
ランチ花見としゃれこむ人でいっぱいです。

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植木等さんのご逝去を悼む

俳優の植木等さんが亡くなられた。

私は、クレイジーキャッツ全盛期にはまだ生まれていなかったが、それでも強い印象に残る人であった。
丁度バブル期に大滝詠一の仕掛けにより、クレイジーキャッツの一連の曲がリバイバルブームが起きた時に、彼の歌声とギャグにすっかりはまってしまった。
「スーダラ節」「ゴマスリ行進曲」「ドント節」「黙ってオレについてこい」「ハイ、それまでヨ」どれも本当に面白くて、ダビングしたテープが伸びてしまうほど聴いた。
今でもこれらの曲をカラオケで歌うこともある。
映画もビデオで何本も見た。
映画は正直、今の感覚ではモッサリしている部分もあったが、あっけらかんと突き抜けた雰囲気と、どこかシニカルさも感じさせる植木さんの演技が面白かった。
ブームに乗って、植木さんがホストを務めるトーク番組も放送されたが、トークになると生来の生真面目さが顔を出されるのも面白かった。

はからずも今年、クレイジーのブレーンの一人であり、多くの曲の詩を多く手がけた青島幸男さんも逝かれた。
クレイジーも、ご存命なのは谷啓さん、犬塚弘さん、桜井センリさんのお三方だけになった。

いわゆるドリフ世代である私にとって、いかりや長介さんが亡くなられたときほどのショックは正直ない。
しかし、何とも言えない寂しい気持ちを感じるのだ。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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2007/03/27

代理母制度に対する最高裁の判断

タレント・向井亜紀(42)と元プロレスラーの高田延彦(44)
夫妻が、代理出産で設けた双子の男児(3つ)の出生届の
受理を求めた家事審判の許可抗告審で、最高裁は23日、
東京都品川区に受理を命じた東京高裁の決定を破棄し、
受理を認められないとする決定をした。向井は実母と認
められず、出生届不受理が確定した。
向井は、公式ブログで「もう少しガチッと勉強してから、
正式なコメントをしたい」とつづった。
(デイリースポーツより)

不思議だ。
何故、向井さん夫妻は特別養子制度を利用しようとしなかったのだろうか。
特別養子制度とは昭和62年の民法改正で取り入れら
れた制度で、子供の福祉上の観点から、戸籍上は養子
ではなく実子として表示する養子制度である。
これを利用すれば、戸籍上は両親は向井夫妻であり、
子供たちも養子ではなく長男・長女として記載される。
デメリットとしては、向井さんが、「私の卵子から産まれた
子たちなのに養子なんて納得いかない」という気持ちの
問題だけである。
最高裁の判事の何人か*も特別養子制度を利用するよう、
提言したという。

にも関わらず、現在認められていない卵子提供者(向井
さん)を実母とする出生届に拘ったのか。
そのせいで夫妻の子供たちは、日本での戸籍がない状
態が続いている。
本当に子供たちのことを思うなら、一刻も早く(特別養子
制度は子供が物心つく6才以降は認められない)特別
養子制度を利用するべきではないのか。
特別養子制度で事実上、実子として扱われるのだから、
「今回の判決は血も涙もない」とかいう一部マスコミやブ
ログで見られる意見は的はずれといわざるを得ない。

裁判所はいまさら「三権分立」を持ち出すまでもなく、現
在の法に照らして事案の是非を判断するところであり、
法律をねじ曲げて解釈するところではない。
現在の民法では母親はあくまでお腹を痛めて実際に
産んだ人(代理母であり、卵子を提供した向井さん
ではない。

向井さんが子宮を摘出せざるを得なかったのは、
本当にお気の毒だと思うし、違法を承知で代理母
出産に踏み切ったのもわからなくもない。
しかし、自分と高田さんのDNAを持った子供が出来た
時点で、満足すべきだったのではないのか。
日本では違法であることは彼女たちも承知していたはずだ。

実際に向井さんの卵子と高田さんの精子から生まれた
子供なんだから、実子でいいじゃない。という意見もある
かもしれない。
そうなると、実際に出産した代理母はどういうことに
なるのだろうか?
妊娠・出産というのはリスクを伴う。死の危険もあるし、
その後体調を崩す可能性もある。
そのリスクを背負った代理母は、向井さんが実母となると
法的地位はまったくなくなってしまう。
正に某大臣の言う「産む機械」扱いになってしまうことになる。

代理母制度は、今後少子化が進む日本においては
場合によっては認められなければならないかもしれない。
しかしそれは議論に議論を重ねて是非を検討するべき
である。
さきほどの代理母の保護の問題だけでなく、倫理上の
問題、代理母ビジネスを認めていいのかという問題。
子供が障害を持って生まれた場合に卵子提供者側が
子供の受け取りを拒否した事例や、逆に妊娠中に情の
移ってしまった代理母が受け渡しを拒否したケースもある。

代理母制度についてはこれらを時間をかけて検討すべき
であり、向井さんのように情熱だけで突っ走った例に引き
ずられるべきでは決してない。

最後に、ブログなどを読むと「アメリカでは認められている
のに」「日本は遅れている」という意見があるが、これは
誤解である。
現在、代理母制度が法的に認められているのはインド、
韓国、そしてアメリカの50州の内4州(つまりアメリカでも
例外)だけ。
世界の殆どの国は代理母出産を上記の問題等を理由に
認めていない。

*最初、間違えて「品川区」と書いてしまいました。
訂正します。

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2007/03/26

お見舞い申し上げます。

このたびの能登半島地震で、被害に遭われた皆様。
また、今は能登を離れていて、ご家族やお友達が被害に遭われた皆様。
心から、お見舞い申し上げます。
一日も早く、地震前と同様の日常生活を過ごせますよう、心からお祈り申し上げます。

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2007/03/24

恥ずかしい・・・

先日、同期合格の弁理士である友人と酒を飲んでいたときに、彼の息子さんの話になった。
息子さんは今年小学6年生だそうだが、体が大きく、友人は既に身長が追い抜かれてしまったという。
(彼は身長160そこそこで余り背が高くないこともあるのだが)
発言も割と大人びていて、手がかからない子供なんだとか。

「それがさ、去年傑作な話があってさ」と友人。
その手のかからない息子さんが、急に移動教室に行きたくないと言い出したという。
(移動教室というのは、学年単位で泊まりがけで山や海に行くこと。宿泊は公立校だったら、市や区の施設に泊まる)
普段手のかからない彼がそんなワガママを言い出したのは初めてだったそうだ。
最初は母親である彼の妻に言い出したそうだが、母親が理由を問いただしても答えようとしない。
思いあまって、夫である友人に相談した。
「男同士で話を聞いてやってよ」

友人は「ひょっとしてイジメにあっているのか?」と思いながら、なるべくさりげなく息子さんに行きたくない理由を尋ねた。
しかし息子さんはなかなか答えようとせず「行きたくない」の一点張り。
結局、30分近くたってようやく口を開いたという。

「何だったと思う?」
「さぁ・・・?」と答えながら、実は私は「ひょっとして・・・」というのがあった。
「あいつさ、身体がデカイだけじゃなくて、成長が早くてさ、小学5年生でもうあそこに毛が生えてきてたんだよ」
あぁ、やっぱり・・・
「移動教室っていうと、みんなで風呂にはいるじゃないか。そこでチ○毛が生えてきているとみんなに恥ずかしいって言うんだよ」
息子さんの気持ちはよく分かった。
かくいう私自身まったく同じ理由で、移動教室では懸命にそれを悟られないように入浴した記憶があるからだ。

結局、友人は息子さんを「何か言われたら、お前らまだ生えてないのかよって言ってやれ!」とハッパをかけ、息子さんも納得して移動教室に行ったという。
「ケロッとして帰ってきたから、大丈夫だったんだろう。お前さんみたいに隠し通したのかもしれないけどな」
幸い、それがきっかけでイジメに遭うこともなく、元気で学校に通っているそうだ。

「しかし、ガキの頃ってなんでああいうことが恥ずかしいかねぇ。学校で大するのが恥ずかしいとさ。」と友人。
確かに、なるべく家で大をすませ、学校ではしないようにしていたなぁ。
当たり前の生理現象なのに、ばれたら何か恥ずかしかったし、他の男子が個室に入ろうとすると「こいつウ○チしようとしてるぜ!」なんてアホなことを言う奴がいたもんだ。
万一学校で便意を催したら、わざわざ職員室近くのトイレに行ったりして。

ホント、子供の頃ってなんであんなことが恥ずかしかったんだろう。

子供の頃って、今から思うと羞恥の基準が大人の頃と明らかに違っていた。
子供の基準で「恥ずかしい」とか「恥ずかしくない」とかが決まっていたものだ。
大人になって思うと、「そんなこと」ということが大変なことだったりする。
「オチンチンに毛が生えるのは大人になることだし、遅かれ早かれ誰でもなるんだから」と大人が諭しても意味がない、それが子供のルールってものだから。

「そういう基準がなくなるのが、大人になるってコトなのかもねぇ」と私。
「そうかもなぁ・・・、しかし息子がもうチ○毛生やしているとは思わなかったよ。子供ってホント大きくなるのが早いよ」
友人がそう言って笑った。

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2007/03/23

ビオラ・アルタ

ビオラ・アルタという楽器をご存知だろうか?
19世紀後半に、ドイツのハンス・リヒターというビオリストが考案した楽器であり、リヒャルト・ワーグナーなどは自身のオーケストラのビオラセクションにこの楽器を用いたそうな。
要は改良型ビオラな訳だが、この改良のポイントはひたすら「より響く、深みのある音」を目指すと言うことにあったようで、ビオラによく言われるサイズ故の「使い勝手の悪さ」や、「演奏者への負担」を軽減することにはあまり目を向けなかったようだ。
つまり弦楽器の響きというの楽器のボディに弦からの音がいかに反響するかで決まるわけで、より響く、深い音を求めるにはボディはでかければでかいほどいいことになる。
それは大げさだとしても、ビオラの音域にバイオリンやチェロのような響きを与えるには現在のボディサイズでは不足しているのである。
しかし、現在のビオラより大きくすると弦を押さえる左手にも、楽器を挟む顎にも負担が大きくなってしまう。

そんななか、リヒターさんは「少しでも響きのある音を」ということで、ビオラのボディをより大きくしたビオラ・アルタを開発したわけだ(当然音域はビオラと一緒)。

どのくらいでかいというと、これ。
Violaaita
デカっ!
ビオラに馴染みのない方にはピンと来ないだろうが、このでかさは凄い。
通常のビオラのボディが40センチから42センチくらいなのに対し、ビオラ・アルタは50センチ近くある
ただし、厚みはビオラとさほど変わらないので、こんなにでかくても顎に挟んで弾くことが可能なわけだ。

昨日、ある集まりでそのビオラ・アルタのわが国ではただ一人の演奏者である平野真敏さんの演奏を聴くことができた(写真はその時のもの)。実際に聴いてみると、やはりビオラよりも深く響きのある音色である。
かなり遠くまで朗々と響く感じだ。音も大きい。
ビオラではなかなか響かない一番下の弦も他の弦と変わらず大きく良く響く音がする。
「より大きく、響く音を」というリヒターの目標は充分達せられている気がした。
しかし、いかにも弾き勝手が悪そうだ
あと、今我々がビオラの持ち味だと思っている、「渋み」「ちょっとくすんだ感じ」とか「柔らかい感じ」というのは逆にこの楽器ではスポイルされているかもしれないなぁ。
あまりにも堂々とした感じって言うのか、ワーグナーがこの楽器を好んだというのは良くわかる。
まぁ一長一短って所だろうか。

平野さん自身、この楽器を弾き始めたのは2年ほど前で、それまでは普通のビオラを弾いていたそうだ。
演奏はやはりビオラに比べ、肉体的負担が大きいとのこと。そりゃクビも肩も凝りそうだよ
またその反響が大きすぎて心臓に負担がかかるとさえ言われているそうで、平野さんは演奏の合間のトークで「私が長生きすれば、その説を否定できるので頑張ります」と本気なんだか、冗談なんだかわからないことを言っておられた。
結局、ビオラ・アルタはその演奏にかかる肉体的負担が仇となって、リヒターの死後は弾かれなくなってしまったそうだ。
まさに時代の徒花ってやつですね。

残念だったのは、客層に合わせて映画音楽中心のプログラムであったため、この楽器本来の味わいが出たかどうかが微妙だったこと。
是非、次の機会はリストがこの楽器のために書いたという「忘れられたロマンス」や、その他のビオラソナタを奏でるこの楽器を聴いてみたいものだ。

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感想、SO903i(3)~4ヶ月使用して~

So903i0323

現在所有の携帯電話、NTTドコモSO903i(ソニーエリクソン製)を購入してから約4ヶ月が過ぎた。
その前に使っていたSO505isが壊れてしまったための急遽の購入だった。
4ヶ月たって、概ね主要機能は使った感があるので、これまでの感想をまとめてみよう、ということである。
(ちなみに購入時の感想はこちらこちら

1.通話エリア 現時点では不満なし。505はmovaだったが、このSO903iはFOMA。前々から「FOMAは繋がったときの通話品質は良いけど、通話可能エリアがまだまだ狭くてね~」という噂を聞いていた。しかし、首都圏で生活し、働いている自分の使う範囲においては、「え?こんなところで電波が届かないの?」という経験はほとんどなかった。寧ろ、地下街やデパートなどの大規模施設においては、movaよりも繋がりやすいくらいだった。
通話品質は勿論movaとは比べものにならないくらい、よかった

2.初期不良 ソニー製品といえば、初期不良 という位、初期不良が多いが、今回は使用に影響するような初期不良はなかった。もっとも、携帯を動かすソフトウェアに不具合があったらしく、ソフトウェア更新をしてほしいという連絡があった。早速更新したが、更新前後でどこが変わったのか良くわからない。着うたに関する不具合だったらしいが、着うたは使わないので。

3.塗装、建て付け(?)等 かなり雑に扱っているが、ふたの開閉がゆるくなったり、表面に目立つ傷が付いたり、また塗装がはがれたりすることはなかった。今までのソニエリの携帯はそういうところが、やわかったりしがちだったが、SO903iは過去使った他社の携帯と比べても、寧ろタフである

4.機能・操作性 やはりソニエリ携帯の売りであったジョグダイヤル式の操作ボタンではなく、通常の操作ボタンなのは使い勝手の点でかなりのマイナス。またキーが意外に硬く、強く押さないと反応しないのも、最初はちょっととまどった。キーの配列も個人的にはちょっと使いにくい感じだ。大きなディスプレーは見やすいが、これだけ大きければPC用のHPも読めるフルブラウザー対応にして欲しかった。バッテリーはFOMAは持ちが悪いと聞いていたが、こちらも不自由は感じない。

5.ミュージック・プレーヤー機能 未だ使用していない。これは携帯のせいではなく、使用しているPCが旧式すぎて、専用ソフトウェアの推奨環境を満たしていないことによる。

6.電子マネー機能 モバイルsuicaは非常に重宝していたが、去る18日から首都圏の私鉄各線でPASMOサービスがはじまり、同時にsuicaとの相互利用が可能になった。これによりモバイルsuica一つで、首都圏の鉄道はほぼ全てカバーできるようになり、パスネットをちまちま購入したり、乗り越し精算したりする必要がなくなった。
乗車履歴もJR、私鉄が一括表示されるようになり、これは本当に便利。ただ心配なのは、電車にモバイルsuicaで乗った後、携帯の電池が切れてしまったらどうなるのか?ってこと。私はよく充電を忘れてしまうので、それが不安である

7. カメラ機能 こちらも良好。手ぶれ補正機能が予想以上に良い。やや撮れた画面が白が強いような気はするが、下手なデジカメを凌駕する性能だと思う。ちなみにこのブログの写真は全てこの携帯で撮影している。

と、いうわけで、4ヶ月間使用した印象を100点満点でいうと、78点
かなりいい線行っていると思う。
PCもようやく更改予定なので、今度こそミュージック・プレーヤー機能も試したいものだ。

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2007/03/19

最大の山を超えた!

先ほど、必要書類一式を特許庁に提出し、とりあえず年度末最大の難物の仕事はクリア
まだまだ年度内にやっとかなきゃならない仕事はたくさんあるが、今日提出したやつに比べればいずれも小物。
あぁホッとしたよ・・・
早速次の仕事に取りかかればいいものを、昼休みなのを良いことにブログ更新などをして、まったりしている自分。
こうなると気分も妙に明るくなってくるから現金なものだ。

昨晩のブログも読み返してみると、えらくネガティブなことを書いているなぁ、とちょっと苦笑。
一瞬、削除しようかな、とも思ったが、ある意味本音であることは間違いないし、ブログという媒体の特質である「日々の記録を残す」という点からすれば、ネガティブな内容もそれなりに意味があるかなぁ、ということでそのまま残すことにした。

チケット争奪戦に完全に出遅れていたので、多分駄目だと思っていた、三谷幸喜の新作舞台「コンフィダント・絆」のチケットもえらい良席がとれたし、今週は良いことがあるかもしれないなぁ。

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「復活」練習記(2)

去年の12月に初練習を行った「復活」も、既に練習期間が3ヶ月半になった。
本番は7月の頭だから、丁度折り返し点に来ているわけだ。

今日は東京芸術劇場のリハーサル室での弦分奏(弦楽器だけの練習)。
指導をしてくださったN口先生は、ポイントを丁寧に指摘してくださり、なかなか有意義な練習だった。

しかし。
プライベートの空いている時間のかなりの部分をこの曲の練習につぎ込んでいるが、正直道は険しい。
1曲80分近くという圧倒的な物量に加え、ビオラという楽器では通常弾かないような高音域が当たり前のように出てくるし、度重なる転調・変拍子と厄介な要素がてんこ盛りである。
もっともっと練習したいのだが、年度末ということもあり、仕事は妙に忙しく個人的にさらう時間がなかなか捻出できない。
今日も午前中練習に出て、午後はオフィスに顔を出して仕事、帰宅して夕食後に今日の練習で指摘された部分を中心に2時間ほどさらったが、もっともっとさらう時間が欲しい。

こうなると、楽しむための趣味のはずが、何となく労役みたいになっている。
そうなってくると悪循環で、後輩達の言う軽口・冗談さえがひどく腹立たしく感じられてしまう。
「親しみを持たれている」と言えば聞こえが良いけど、要は「軽く見られている」んだよなぁ。
今は笑って受け流しているけど・・・

弁理士試験に受かって、真っ先にやりたかった楽器であり、オケであったけど、やはり「やりたい」と思う気持ちだけでは、どうにもならない部分がある。

今回の演奏会は「出ます」と言った以上、ベストを尽くそう。
でも、次回の演奏会の参加はちょっと考えなきゃいけないかもしれない。

何だか、妙にネガティブになってしまった今日の練習だった。

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2007/03/16

弁理士法改正案

弁理士試験の受験生の皆さんは先刻ご承知(業界外の人にはおよそ興味のない話)だろうが、先週特許庁のホームページ弁理士法改正案が発表された。
閣議決定を受けての掲載なので、余程のことがない限りこのまま施行されるだろう。

改正点の最初のポイントは弁理士試験の改正。すなわち、
1 一度短答試験(一次試験)に合格すると、以後2年間は免除になる。つまりいきなり論文試験(二次試験)から受験できる
2 その論文試験も科目毎に、一度合格点がつくと必須科目(特許法・実用新案法、意匠法、商標法の3科目)
については2年間は免除。選択科目に合格点がつくと、その後はずっと免除。

次に研修の義務化。
試験制度が受かりやすくなる代わり、改正までは合格後、申請すれば原則としてすぐに弁理士登録となったのが(その後、なかば義務の新人研修はあるが)、登録の条件として新人研修が課される
しかも合格後も、一定期間をおいて弁理士は逐次法令と実務の研修を受けることが義務化される
これは、改正前に合格した私たちにも課される。これは質の担保のためには当然の改正だろう。

もう一つはいわゆる名義貸しの禁止を含めた、懲戒の強化。
これは弁理士の社会的地位を上げることと、これまでどうようの知財関連の独占業を確保するために必要な措置だろう。

懲戒の強化はさておき、なんと言っても、「合格科目を翌年に持ち越せる」という試験制度の大改革は受験生の皆さんにとっては朗報だろうね。

今までの多くの受験生が味わった、論文試験が不合格だったために、次の年はまた一次試験からやり直しという、足下が崩れてくるような疲労感と絶望感を感じることは減るわけだ。
そうなると、改正後は合格に向けての戦略は全く変わってくるだろう
極端な話、1年目は全力を挙げて一次試験に受かり、翌年は論文では必須科目に合格し、残り1年で選択科目、という形で合格を目指すことも可能になるわけだ。

逆に、積み立てが出来ないためにさんざん煮え湯を飲まされた我々からみれば、正直「もっと早く導入してくれよ」って思わなくもない(笑)。
ただ、弁理士の業務の実態から考えると、このくらいの難易度で丁度良い感じがするのも事実。
かつての1,2%合格時代なんて弁理士が行っている業務から考えても、余りに難しすぎたよ。
その頃に比べれば、5,6%の合格率で受かった自分だって随分楽をさせて貰ってるわけだし。

いずれにせよ、改正試験制度が導入されるのは早くても平成20年度、つまり来年の試験からだ
今年の試験で仮に一部合格点を取っても、残念ながら免除は受けられない
来年度から、一からのスタートになる。
受験生の皆さんは、「楽になってから受かろう」なんて考えないで、是非今年の最終合格を目指して頑張って下さいね。

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2007/03/13

聖地巡礼

先日、家から用賀に車で行く用事があった。
ところが帰りは幹線道路は大渋滞。
やむなく、ナビを頼りに裏道を行った。
全く知らない道をもたもたと走っていると、世田谷区砧5丁目に出た。
砧・・・?その地名に聞き覚えのあった私はナビの検索画面である場所を検索した。
あった、やはりあの場所は、すぐ隣の砧7丁目にあったのだ。
早速、ナビをそこに設定してほっそ~い道を入っていった。
そしてついに、そこに着いた!
私は通行の迷惑にならぬよう、車を止めるとその場所の正門前に立った。
家から比較的近くにあり、一度は訪ねてみたいと思っていたのに、今回偶然近所に来るまで訪れることのなかったある意味、私にとっての聖地の一つ
そう、
Tuburayapro

円谷プロである。

筋金入りのウルオタ(ウルトラマンオタ)である私にとっては、ここは正に子供の頃からの夢の工場
現在は本社組織は八幡山に移転し、ここはいわゆる怪獣倉庫(ああ!なんと甘美な響き!)を中心とした倉庫になっているそうだが、かつてはここから私の愛した「帰ってきたウルトラマン」「ウルトラマン(私にとってはあくまで帰ってきたウルトラマンがメインである)」「ウルトラセブン」「ウルトラマンエース」「ウルトラマンタロウ」等がブラウン管に送り出されてきたのだ。
正門前には現在放送中の、ウルトラマンシリーズ40周年記念作、「ウルトラマンメビウス」のポスターが貼られている。
夕方のせいか、どことなくガランとした寂しげな雰囲気である。

勿論、立入禁止の門内に入ることなどはしない。
ここに来られただけで、本当に嬉しい。
それにしても、ここは住宅街のど真ん中、円谷プロだけが場違いな感じで鎮座している。
私がなんとなく構内を眺めていると、向かいの家から男の子が一人、出てきて自転車でどこかへ出かけていった。
坊主、お前羨ましいなぁ・・・ウルトラマンの生まれ故郷の真ん前に住んでるなんて。

門番よろしく看板の後ろに佇むウルトラマンを撮影して、私の短い聖地巡礼は終わった。

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2007/03/12

お葬式

昨日、父方の叔父の葬儀告別式に両親と行ってきた。
父の妹の夫である叔父とは、何年かに一度、冠婚葬祭で顔を合わせるくらいだったので、正直それほどの感慨はない。
妻である叔母も、10年以上前に他界している。
朝から雨が降っているせいか、焼香にみえる方も親戚以外はごくわずかで、寂しい式であった。
闘病期間が長いせいか、息子(私から見れば従兄弟)たちも悲しみながらも、ホッとしたような複雑な顔をしている。
「人は一人きりで産まれてきて、一人きりで死んでいく」
読経を聴きながら、何かの小説で読んだ言葉が浮かんできた。
あれは芥川の言葉だったなぁ。
精進落としでは、例によって「Hiryasu君も、早く結婚して孫の顔を見せてやりゃにゃぁ」攻撃を親戚から受けた。
遺族である、私と同世代の従兄弟たちは3人が3人とも子沢山なので、尚更だ。

収骨が終わって、解散となり外に出ると雨はすっかり上がっていた。

合掌。

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2007/03/10

思わぬ再会

仕事で(弁理士新人研修、行けなかった・・・)銀座に外出した帰り、休憩かたがた義理チョコ(こんな私にでも下さる奇特な方はいらっしゃる)のお返しでも買おうと三越のデパ地下を歩いていた。
(それってサボりじゃん?という野暮な突っ込みは不要である。)
「幾らぐらいのにするかなぁ」などと考えながら歩いていて、ふと前を見ると手を振りながら私の方に向かってくる人がいる。
何と!現在海外在住の友人ではないか!
一時帰国していたのは知っていたが、まさかこんなところで出会うとは!
これって凄くないか?
フツーに歩いていても、そうそう知り合いと出会うことなんてない銀座のど真ん中で、たまたま一時帰国している人とバッタリ会うなんて。
しかも、私は基本的にオフィスにず~っといることが多く、こんな時間に銀座にいることはまずなく、ましてやデパートに立ち寄るなんてことも当然ない。友人も、たまたま銀座に出てきたのだという。
お互いほんの1分でもここを通る時間がずれたら勿論出会えてないわけだ。
この偶然に、お返し買いは別の機会にして、少しの時間だが近所のドトール・カフェへ。
会うのは数年ぶりなので、お互いの近況など報告しあって別れたが、何だかすごく得した気分だ。

こういう偶然があるから、世の中って面白いね。


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2007/03/05

日本弁理士会・平成19 年新人研修(第二回)

日本弁理士会・平成19<br />
 年新人研修
一月下旬に続き2回目の研修。
これから、2週間で約12科目、各三時間みっちり勉強です。
講義形式のため、会場は白金台の明治学院大学。
弁理士試験の二次試験の会場だったので、以来8ヶ月ぶりです。
午前中の講義は情報調査について、今は昼休みです。
ランチは学食でラーメン。
味が微妙なところがいかにも学食です(笑)。

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