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2007年10月

2007/10/19

口述試験終了(弁理士試験)

昨日で、約一週間に渡った弁理士試験の3次試験である口述試験が終わりましたね。
受験された皆様、まずは本当にお疲れ様でした。

今年受けた知人の話を総合すると、今年の口述試験は「厳しかった」と言われた昨年のそれよりもさらに厳しかったとか。
問題も難化し、俗に言う「助け船」も昔ほどは積極的には出してくれない傾向にあったとか。

私の事務所で受験した後輩は、幸いまずまずの手応えを感じているようですが、知人で去年口述で失敗し、今年リトライをした知人は、意地悪(まぁ厳しいのでしょう)な試験官(いるのですよ、これが)に当たって、散々だったいう話を人づてに聞きました。何とか2人とも合格してくれればいいのですが。

ともあれ、平成19年度の弁理士試験は昨日で全て終了。
平成20年度の弁理士試験に向けての戦いはもう始まっています。

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2007/10/15

いつの間にか

いつの間にか
東京タワーの照明も秋冬バージョンに衣替えしてました。
すっかり秋ですね。

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2007/10/14

早いなぁ

昨日、少し早いが、祖母の一周忌法要をした。
多くの親戚や知人の方々にお集まりいただき、祖母も喜んでくれたと思う。

くしくも、一昨日から本年度の弁理士試験の三次口述試験が始まった。
このブログを再開したのは三次試験の発表が終わり、祖母の四十九日法要がすんだころ。
早いもので、もう一年がたった。

月並みだが、初心を忘れず、頑張っていこう。

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2007/10/09

古田敦也選手兼任監督引退&退任試合

そして、昨日(日付的には一昨日)、古田選手兼任監督の引退&退任試合を目に焼き付けに、神宮球場に行って来ました。

神宮球場には、大勢のファンが駆けつけていました。
試合は、古田さんが久しぶりのスタメンキャッチャー&5番打者でフル出場。
私は、バッター古田が大好きでしたが、それ以上にキャッチャー古田が好きだったんだなぁ、と再認識。

試合は残念ながら、終始カープにリードを許す苦しい展開でしたが、ピッチャーの球を受ける古田さんを、懸命にバットを振る古田さんを、盗塁を刺そうとする古田さんを目に焼き付けました。

最高潮に達したのは、8回の裏の最終打席。前の日に引退試合を行ったカープを代表するピッチャー佐々岡がまさかの再登場。
あとで知ったのだが、古田さんと最後の勝負がしたいと特に志願して、登板したらしい。
そして、最終回9回の表、黄金バッテリーであり、何度も我々に優勝の喜びを味あわせてくれた高津=古田のバッテリーが復活。
古田さんが高津さんの球を受け、マウンドで二人で何事か相談する、何度も見た、しかし最後の光景に胸が熱くなりました。
ピシャッと押さえて欲しい、でも押さえたらもう古田さんの勇姿は見られない、何とも言えない複雑な気分です。

そして、セレモニー。
古田さんは、あえて事前に用意した言葉ではなく、思いつくままに今の気持ちを語りました。
そして最後にこういってくれました。

「また会いましょう!」

古田敦也選手、18年間本当にありがとうございました。
貴方の言葉を信じ、貴方がまたユニフォームに袖を通してくれる日を心待ちにしております。

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2007/10/07

古田敦也選手兼任監督へ

古田さん、まずは18年間、本当にお疲れ様でした。
古田さんの大ファンの一人として、本当は来季も活躍して頂きたかった。
でも、「(選手としては)体力の限界」「(指揮官としては)不振の責任を取らなくては」と語る古田さん自身、本当は無念な思いを抱えての決断だと思います。

私は古田さんより2才年下です。
同世代としても、古田さんを応援していました。
入団翌年のオールスターゲームで3連続盗塁阻止や、中日の落合選手との首位打者争いを見て、すっかり古田さんの大ファンになってしまいました。
その後、ヤクルトは黄金時代を迎え、何度も何度も古田さんを始め、選手・監督の皆さんには我々ファンは本当にいい思いをさせて頂きました。
特に2001年のシーズンでは、古田さんは怪我を抱えながらも八面六臂の大活躍で本当に興奮したものです。日本一が決定した第五戦、私は昨年96才で亡くなった、やはりヤクルトと古田さんの大ファンであった祖母と神宮で試合を見させて頂きました。
古田さんがキャッチャーフライを捕った瞬間の興奮と、歓声は忘れることは出来ません。
祖母も「古田は凄いねぇ、偉いねぇ」と大興奮でした。

一昨年、古田さんがPMをされると聞いたとき、私は本当に嬉しかった。
古田さんなら、選手としても、監督としても輝き続けてくれると信じたからです。
残念ながら、古田さんご自身にとっても本意とは言えない成績であったかもしれません。
でも、私たちファンに古田さんは「PM」「代打!オレ」という素晴らしい夢を現実のものとしてプレゼントして下さいました。
この痛快なプレゼントに、直に接することが出来たことは本当に嬉しいことです。

古田さんの引退&退任会見を見て、私は男泣きというか、涙が止まりませんでした。
さぞ無念だったことでしょう、悔しかったことでしょう、古田さん自身の涙がそれを語っていました。
捲土重来、またいつか、ユニフォームを着て下さい。

最後に改めて。
古田さん、18年間本当にお疲れ様でした。そして、有り難うございました。


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2007/10/06

しぼむ

私の勤め先は、一応「国際」特許事務所なので、外国からのお客様が訪ねてこられたり、外国クライアントと電話会議をするなど、英語で会話をすることも時々あります。
で、こちら側が私一人の場合や、上司・同僚がいてもその全てが日本人の場合は、相手の言うことがなんとかわかったりするし、こちらのブロークンな話し言葉もどうにか伝わったりするのです。

ところが、こちら側にネイティブ・スピーカー(弊所にはオーストラリア人と、アメリカ人の二人のネイティブ・スピーカーの所員がいます)が一人でも入っていると状況は一変するのですね。

相手側の言っていることが半分も判らなくなる。こっちが、苦労して言葉を紡いで話してみても、何かわかったような、わからないような顔をしている。
最初のうちは、相手側の話し方や、日本人の英語を理解してやろうという気持ちの差だと思っていたのですが、同じ方と話していても、こちらにネイティブがいると途端にわかりにくくなる。

で、ハタと気付いたわけです。そりゃ当たり前だわ、と。

相手はこちら側が日本人だけだと、「日本人向けモード」で話してくれているのですが、ネイティブがいると、途端に英語が「ネイティブ・モード」になるわけです。
そりゃそうですよ、たどたどしい日本人の英語に付き合っているより、ネイティブと話す方が彼らにとってはずっと楽です。
かくして、私はネイティブ同士の会話を半ば呆然と見守りながら、欧米人が不思議がる曖昧な「ジャパニーズ・スマイル」を浮かべる羽目になるわけです。

自分の英語力に対する自信・自負が、音を立ててしぼんでいくのが、こんな時なのです。

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2007/10/05

経済制裁

ミャンマー問題で、日本政府は追加の経済制裁を検討しているという。
これに対して、JETROや一部の経済評論家の中から「ミャンマー軍事政権は、中国の後ろ盾があるので、経済制裁をしても効果は薄い」という意見・分析が出ているようだ。
私は、こういう発言をするときのアナリストのいわゆるしたり顔が大嫌いだ。
経済制裁は「効果の有無」も勿論大事だが、「やったかやらないか」自体も大事なのだ。
長年に渡り非民主的な軍による統治を続け、民衆・僧侶のデモを弾圧し、わが国のジャーナリストも残念ながら犠牲になった。
このミャンマー軍事政権に制裁を加えないでどうする。
私は、現在の政府の全てを支持するわけでは勿論、ない。
しかし、今回の追加制裁については全面的に支持する。

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